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2017年度(第90回)アカデミー賞外国語映画賞|ボスニア・ヘルツェゴビナからの出品作 決定

ボスニア・ヘルツェゴビナの代表作は2017年カルロヴィ・ヴァリ国際映画祭コンペティション部門へ選出され審査員特別賞をはじめ2賞を受賞した『Men Don't Cry(英題』に決まりました。



ボスニア・ヘルツェゴビナからの出品作
Men Don't Cry
原題|Muškarci ne plaču
監督|Alen Drljević
製作国|ボスニア・ヘルツェゴビナ / スロベニア / ドイツ / クロアチア


IMDb|Muskarci ne placu
http://www.imdb.com/title/tt5239558/





Muškarci ne plaču / Men Don’t Cry - Trailer(英語字幕付き)
[ Karlovy Vary International Film Festival (kviff) 2017 ]





【更新】♪ 牛乳石鹸、よいせっけん

牛乳石鹸WEBムービー「与えるもの」は ”炎上” なのかなあ。「あの主人公の気持ちは分かる」という共感も呼んでいるので ”話題沸騰” ということでは?


♪牛乳石鹸、よいせっけん……いつまでも よい石鹸 であって欲しい。
企業イメージアップCMとしてはむしろこういう感じのぽわ~んとしたCMのほうがずっといいのでは。長らく使われている「牛乳石鹸、よいせっけん」という、メロディ付きの良いキャッチコピーもあるのに何故それを活かさない? 企業さん側としては「そういうのはもう古臭い」と思っているのかなあ。

牛乳石鹸 アニメCM(1981年)







牛乳石鹼共進社のYouTubeチャンネルには、企業のイメージアップにつながる動画が他にもありますよ。

石けんができるまで 【牛乳石鹸公式】






牛乳石けん 赤箱と青箱の違い 【牛乳石鹸公式】







しゃかいか! shakaika.jp という YouTube チャンネルに牛乳石鹸共進社さんに関するこんな動画もありますよ。(企業のイメージアップという点では、牛乳石鹸WEBムービー「与えるもの」篇よりこちらの「100年間、やさしさがずっと変わっていません。牛乳石鹸」のほうが上かも。)

100年間、やさしさがずっと変わっていません。 牛乳石鹸



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HuffPost Japan(ハフポスト/旧・ハフィントンポスト)
2017年8月16日付け記事 筆|南麻理江

「さ、洗い流そ。」牛乳石鹸のPR動画に困惑が止まらない..."珍説"も登場( ttp://www.huffingtonpost.jp/2017/08/15/milk-sekken-arainagaso_n_17762350.html )

牛乳石鹸が「父の日」に合わせて6月15日に公開したPR動画が、Twitter上で"困惑"を呼んでいる。 (中略) あまりにも意図が読み取れず、裏の設定を「勘ぐってしまう」という意見とともに"珍説"も登場した。




牛乳石鹸 WEBムービー「与えるもの」篇 フルVer.
(YouTube cowsoap1909(牛乳石鹼共進社) 公式チャンネルより)


牛乳石鹸共進社 公式サイト によると「赤箱イメージ広告」Webムービー ということらしいです。

主旨や意図はやや伝わりにくくCMとしては失敗作かもしれないけれど、妄想を掻き立てる短編動画としては有効。それに、いろいろな側面からの見かたや考察が提示され始めているので有益だったと思います。個人的には、削除する必要は全くないと思う。追記|というか、このムービーに関するいろんな意見を見聞きしたうえで、みんな何回か見返してみたほうがいいと思うので、是非ともこのままにしておいて欲しい。




この動画の説明文。
父と子の絆。とある男のなんでもない1日の物語。昔気質で頑固な父親に育てられ、反面教師にすることで今の幸せを手にした彼。「家族思いの優しいパパ」。でも、このままでいいのだろうか。ふとそんな疑問を抱く。それでも、お風呂に入り、リセットし、自分を肯定して、また明日へ向かっていく。がんばるお父さんたちを応援するムービーです。



ハフポストでは「なんだか説明を何度も読んでも分かるようで分からない」と書いていますが、この説明文は「(訳の)分からない」ものではないと思います。「分かるようで分からない」というのは、「CM動画と照らし合わせたとき、この説明文では納得出来なかった」という意味なのでしょうか。むしろ、私はこの説明文を読んでみて、CMを見た際に生じたひっかかりが幾分解消しましたけれども……。

このCMの狙いは解る。日々「仕事と家庭のバランスのとり方」「父親としてどうあるべきか」に直面し悩む、妻子ありのサラリーマンへの応援(「上手く対応できずに終わることもあるし、あれこれ思い悩むばかりだけれど、お風呂入ってこの石鹸で身体を洗うのと同時に心の澱(おり)も洗い流そう!」)ってことなんだろうと思います。

このCMの主旨を伝えるには設定と展開にやや難があって(よくよく見ると難があるわけでもないのですが、或る立場の人にとってはバイアスがかかりやすい設定になっている)それによってCMの受け手側にノイズが生じてしまい、その結果、メッセージが心にストンと落ちてはこない (「伝えたいことは分かるけど……(でも、うーん)」という程度にしか受け取れない)ってことではないかと。

ただ、「この動画の作り手たちやCM発注元である牛乳石鹸共進社さんは『これだとCMの受け手側に悪い意味でのひっかかりが生じ、もしかしたら意図が伝わらなくなるかも……』という懸念は感じなかったのか?」という不思議さはあります。というのは、この動画は「あえて炎上を狙って作られたもの」ではないから。イメージアップCMや特定の商品のための告知用CMの中には「あえて炎上を狙って作られたもの」「炎上を狙ったわけではないが、炎上覚悟で作られたもの」もあるように思いますが、これはそういうタイプではないと感じます。だからこそ、CMが一般向けにリリースされる前の段階で「これ、物語の設定や展開に無理があるんじゃないのか?これでメッセージが正確に伝わるのか?」という声が出てこなかったのかどうかが気になります。


私がひっかかりを感じた箇所は……

●この主人公は自分が能動的に ”家族思いの優しいパパ” になろうとしているわけではない? 今は ”そういう時代” だからそうしているだけなのか? 父親とキャッチボールをするのではなく、壁に向かってボール投げて受ける「1人で壁当て」をさせるのもむしろ子供の自立心育成のためには好ましいのかも…ということ?

●「家族思いの優しいパパ。時代なのかもしれない。でもそれって正しいのか?」……えっ?(自分の父親が「家族思いの優しいパパ」ではなかった私からしたら「それって正しい」と思うので。)

●上司に叱られた後輩の心的フォローのために後輩を呑みに誘うのは、なにがなんでも ”叱られた当日” でないといけないのか? 翌日以降ではダメなのか?(だって今日は息子の誕生日で、ケーキを食べてお祝いをする予定になっているのに。それに、もうケーキも買って自分で手に持っているのに! ) それとも、自分の父がしていたような「子供とのふれあいより仕事を優先させる」というのをあえてやってみせたのか?

●保冷材は入っているでしょうけど、ケーキを常温のまま長時間持ち歩いていて大丈夫? 形も崩れてしまうのではないの? お祝い用のケーキだよ、いいの?

●連絡もせず遅くなり妻子を待たせているのに、この上まだ風呂に入るあいだ2人を待たせる気なのか?(このCMはあのタイミングで主人公がお風呂に入らないと成立しなくなるから、仕方ないのだけれど。でも状況としては、あのタイミングでダンナさんが何も説明もせず風呂に入る、ってちょっと変だと思うのよね。「ちょっと!まだ話、終わってない!」と言う奥さんを振り切って風呂に入る夫……ダンナさん、心を病んでいるのか? 夫婦関係がかなり冷えていて、もう説明すらしたくないのか?) そんな状況で、風呂から出てきて「さっきはごめんね」とだけ言われた奥さんがあっさり許して(?)にっこりとしているのがちょっと不自然だと思うのだけれど。子供の誕生日だし、奥さん、我慢したのかな?

●「親父が与えれてくれたもの、俺は与えられているのかなあ」/この主人公は ”父親が背中でを語ったもの” が父親から与えられたものだと思っているということだよね。このCMの作り手は『父親というものは ”背中で何か(生きざまのようなもの?)を語る” ものであって、一緒に遊んだりお話したり誕生日にケーキを買って帰るような「家族思いの優しいパパ」ではない』と思っているということ? 回想シーンで父親の背中を頻繁に映し出しているので、このCMの作り手は「父親というのは、かつては ”背中で何かを語る” ものだったし、子供側(息子)もそれでいい or それがいいと思っていた」と、とらえているということ? でもお風呂へ入って考えているうちに、最終的には『やっぱり俺は「家族思いの優しいパパ」のほうがいいかも』と思い直した、ということだよね?

●あんなふうに「誕生日プレゼントもお願い」ってだけ書いてある連絡が仕事中に奥さんから来たら(しかも誕生日当日に。)ダンナさんもムカッとすると思う。「忙しいところをごめんね」とか「プレゼントの相談も事前にしていなかったね。失敗。今後は気を付けよう」とかなんとか言いようがあるだろうに。だって、奥さん(=母親)もカレンダーには息子の誕生日の印はつけてあるものの、息子の誕生日当日までプレゼントのことは失念していたわけだし。それにあのダンナさん、バス通勤でしょ?ケーキ持ってプレゼント持ってバスに乗って帰らなくちゃいけないんだよ。それなのに「ケーキもプレゼントも両方、買ってこい」という奥さん。奥さんの勤務状況は説明がないので分からないけど(朝、かっちりしたジャケットを着ているので働いているんだと思う。おそらくフルタイム)まぁ奥さんも通勤環境がハードなのかもしれない。もしかしたら満員電車に詰め込まれているのかもしれないし。でもダンナさん側だって大変でしょ?朝はバスの車内に余裕ありそうだったけど、帰りはそうはいかないかもしれないし。タクシーで帰ったのかなあ。それなのに奥さんは「ケーキもプレゼントも父親が買って帰ってくるのが当然」のような態度をとっているようにしか見えない。そんなCMになっているけれど、そのあたりはいいのか? こういう感じでは父親側の立場の人と母親側の立場の人とのあいだに軋轢が生まれるだけじゃないの?(実際、そうなっているし。)




「こんな(ノイズの多い)CM作るのにお金かけちゃって、牛乳石鹸さんったら……あーあ」というのが最初の感想。

あと「この男性は抑うつ傾向にあるようなので診察をうけたほうがいいんじゃないのか」ということ。(息子の誕生日の翌日、バスに乗っている表情をみると「まぁこれなら大丈夫なのかも」と思うけど、職場でのあの感じからするとなんか心配。)

このCMの作り手は「嫁からはゴミ出しを押し付けられるし、 ”ケーキ買って来い” だの ”息子の誕生日プレゼントも買って来い” だの当日になって言われるし、職場では後輩のフォローもしなくちゃならないし(そもそも自分の仕事自体がつまらんし)、”良いお父さんになれ” っていうプレッシャー強いし、もうやってられん。そもそも ”良いお父さん” ってどういうものなんだよ?」と感じているということだね。男性側(父親側)にはそういう感情はあると思う。(たとえ「ゴミをまとめ、後は捨てるだけ」の状態にするのは奥さんがやっていたとしても、だ。もしかしたら奥さんが息子を学校まで送っていってそれから出勤しているのかもしれない、たとえ、そうだとしても、だ。) このCMは父親側の感情を母親側もすんなりとすくいとれるような仕組みにはなっていないんじゃないでしょうかねえ。これだと、このCMを見ることによって「父親と母親。人間だしそれぞれに不完全な者同士。お互いを理解し合い、すり合わせをしていこう」という気持ちにはなりにくいのではないかと思う。

追記|この父親は「俺って家族の中で単なる都合のいい ”使いっぱしり” としか思われていないのではないか。父親として家族の一員として存在感があるのだろうか」という疑念を抱いている。自分の育成過程を顧みて「俺の父親は家庭の中でこういう扱いじゃなかった。もしかしたら俺の親父のようにふるまうべきなのかも?」と思い始めて、ケーキを買ってあったにも関わらず急遽「後輩の心的フォローをするための呑み」という仕事(彼にとってはそれも職務の一環だ)を家族に連絡もせず優先させるという試みを行った。で、結果は……家に帰れば嫁は怒っているし子供も待たせてしまい、気まずい。気まずさのあまり風呂へ逃げ込み、「ああ、やっぱり俺は ”家族思いの優しいパパ” を目指すほうが向いているようだ。自分の父親とは違うんだ」という確信を持った。だから、翌朝はいつものゴミ捨ても昨日とは心持ちが違う。「ゴミ捨て?喜んで!」ぐらいの勢い(……というのは映像からは感じにくいが、たぶんそのくらいの意気込みだと思う)だ……ということだよね。たぶん。←こういうことが、自分にバイアスがかかっていると、意外とすぐにはつかみにくい。「ゴミ捨てをする」「買い物をする」そういうことを家族の一員として行う 当然の家事 としてみなしているか、それとも、あたかも命令され やらされている と感じるかで、このCMの受け取り方が変わってくるのかも。あと、父親側も父親として/家族の一員としての迷いや困惑、そしてそれらに対してどう考えるか/どう考えたかという思考過程を嫁に話してみたほうがいいと思う。口に出して言ってみる。嫁のほうも言われなきゃわからないところもあるし。男性側はそういう弱音めいたことを言うのをためらうのかもしれないけど、私は言ってもらったほうがいい。

さらに追記|「息子の誕生日のお祝いで一緒にケーキを食べてプレゼントを開けてきゃっきゃっ笑い合うなんてね、おそらくあなたの人生においてほんの僅かな期間にしか起き得ないことなんだから、四の五の言ってないでケーキ買ってとっと家へ帰りやがれ!この幸せ者!」というのが、私の本音かも(笑)



(個人的には、これによって牛乳石鹸と牛乳石鹸共進社のイメージが損なわれるということは無いです。価格と品質が見合えば購入する、それだけ。牛乳石鹸青箱の香りはいいよね。今のパッケージはシンプルで、クラシカルな品の良さがあるし。ただ、青箱(手洗い用)の3箱入りは売り場によって置いていないところがあって、それが残念。手洗い用固形石鹸は他社の廉価商品もしくは某社の薬用石鹸に置き換えられているから。)

(この動画でこんなに思いを巡らせたわけで、それって充分楽しんだということ。だからこれは ”有益な動画” ですし、”いい動画” ですよ。【追記】自分がひっかかりを感じた箇所を考えてみると改めて自分がどういう点でバイヤスがかかりやすいかが分かる。気をつけなければいけないところ、というか。この話題に関して大勢の方が発言していて、それらを読んで気づくことも多く、大変参考になりました。





それと、多くの皆さんがおっしゃっている通り「これはホラー短編動画かも…(これで白いカーテンが揺れてたら黒沢清監督作だな)」って私も思いました。新井浩文さん起用の時点でなんとなく不穏感が滲み出てくるし……。



以下、私の妄想。
この Web CM は「主人公がお風呂からあがって『さっきはごめんね』と言い、母親が息子に手招きをして呼び寄せ食事を始めようとするシーン」の後にカットされたシーンがあって、それは……

食事をし終え、つかの間リビングで寛ぐ3人。薄く開けられた窓からはそよそよと風が入り、白いレースのカーテンが揺れる。やがて夜も更け、息子にもう寝るようにと急き立てる妻。夫婦も寝室へ入る。『おやすみ』と言い、枕もとの電気スタンドのスイッチを切る。そのうちに妻は寝息を立て始める。夫はむっくりと起き上がり寝室から出ていく。そして息子の部屋へ。そばにあったクッションを息子の顔へ強く押し当てる。 ― しばらくして包丁を手に寝室へ戻る夫。すやすやと眠る妻を無言でめった刺し。鮮血で染まる夫のオフホワイトのパジャマ……。血まみれの包丁を手にしたまま夫は洗面所へ向かう。蛇口から水を出し、脇にある白い石鹸をつかむと一言、「さ、洗い流そ。」 ― 翌朝。昨日と同じ、郊外の穏やかな風景が眼前に広がる。いつものようにゴミを出し、いつものようにバスに乗る。夫の表情は昨日よりちょっとだけ和らいでいる。はたして彼は自分の職場に向かうのか。それともどこかへ旅立つのか……「さ、洗い流そ。」……(The End)

………なんか、似たような事考えた方がいっぱいいらっしゃるみたいで……そうですよね、やっぱりねえ。




ハフポストの記事内にも載っている
顧客の商品愛を試してるという説/お盆ホラー。存在しない子を中心に暮らす心を病んだ妻の看病疲れを忘れたい夫/サイコパスが主人公の連続ドラマのオープニング/後輩に片思いしているのに別の人と家庭を持ってしまった会社員の苦悩BL

というツイートには「なるほど!それもアリかも」と。皆さん発想力が素晴らしいです!



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